Warrior's Story

私とサプリメント ~皆川賢太郎(アルペンスキー)第2回

私とサプリメント ~皆川賢太郎(アルペンスキー)第2回

「世界と戦うためには、滑りの練習と並行して体をバルクアップさせる必要がある」

身長173㎝の小柄な体で戦い続けるアルペンスキーヤー、皆川賢太郎選手。90年代の終わりに、世界の壁を打ち破るためには筋力トレーニングが欠かせないことを認識。正しい筋力トレーニングとサプリメント摂取を行っていくと体は目に見えて大きくなり、安定した滑りができるようになった。

「以前はきちんとサプリメントを摂らずにトレーニングをしていたので、なかなか筋肉が太くならなかった。そりゃ、そうですよね。鍛えてもそこに栄養を与えていないわけですから、いつまで経っても線は細いままで筋量が上がらない。破壊した筋肉に栄養を与えることで太くする、ということをわかっていなかったんですね。壊したものには栄養を与え、リペアして成長させる。サプリメントを摂ることで、その重要性を認識できました。

当時は朝昼晩にゼリー、練習後にプロテイン。そして疲労回復用のカプセルを摂っていました。トレーニングとサプリメントの摂取で筋量が増えて体がしっかりしたら、ターンが明らかに変わりましたね。一つずつのターンの重みがまったく違う」

食生活も徐々に変わった。以前はパスタが大好きだったが徐々に食べなくなり、その分、和食が増えた。

「消化に力を使わないことが大切だとわかりました。脂っこいものはなるべく避け、胃に極力負担をかけないことです。そして、サプリメントの効果をしっかり出すためにも、毎日の食生活で不摂生や無茶をせず、しっかりと平均点を取っておく。それを積み重ねていくことが大事だと実感しました」

2000年にはワールドカップで6位入賞。2001年の世界選手権で10位。日本人4人目の第1シード選手となった。しかし、身長で10㎝以上はゆうに違う大柄な世界の猛者達と競い合うことが、皆川選手の身体に大きな負担を強いたのも確かだ。2002年に、左膝の前十字靭帯を断裂してしまう。

「トレーニングとサプリメントで体が大きくなり、滑りが劇的に変わった。パフォーマンス自体は、とてもよくなっていたんです。そしてその結果、ワンランク上のレベルに達することができた。

でも運動強度が上がったことで、身体にひずみが来てしまった。その結果の出来事です。そして、一つ負傷すると体にひずみが生まれ、それが連鎖して他の箇所に害を及ぼしていきます。だから、2002年以降の選手生活は常にケガとの戦いでした」

右膝負傷の影響は大きく、受傷後約2年は低迷を続けるも2005~2006年シーズンより徐々に復調。世界で勝てる手応えをはっきりとつかんだ。しかし2006年12月、今度は右膝前十字靭帯を損傷。両膝を負傷したことは滑りに大きな影を落とし、本来の滑りを取り戻すのには長い時間を要した。

「いい滑りができている時に限って、ケガをしてしまう。自分のイマジネーションと滑りのスピードが合っていなかったのかもしれませんね」

地道なリハビリを続け、2007年にワールドカップ復帰。そこからは膝をケアしながらの選手生活が続いた。紆余曲折を経て現在。気づけば36歳の大ベテランになっていた。

「今はドームスキークラブの一員として、ニュートリション全般をしっかり見てもらっているので、栄養に関する不安はありません。最近飲み始めてヒットだったのが、チャージアップ。標高の高い所にいると、なかなかしっかり睡眠を取れない。しかもこの年齢ですから回復が遅くなり、正直キツい。でも、チャージアップを飲んだおかげでだいぶ楽に過ごせました。

サプリメントの重要性を一番感じるのが、まさに今です。そもそもアルペンスキーで僕より年上の選手は、みんな30歳手前で辞めています。30代でもやれることが異例中の異例。僕がこの年になってもやれているのは、サプリメントのおかげ以外の何物でもない。今になって、それを確信しています」

膝の状態は今も、決して良好とはいえない。そんな中でも、完全燃焼を目指す皆川選手の挑戦は続いている。

(第3回に続く)


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