Warrior's Story

栗原 嵩(アメリカンフットボール)Vol.6「NFLベテランコンバイン現地レポート」

栗原 嵩(アメリカンフットボール)Vol.6
「NFLベテランコンバイン現地レポート」

「君達の大半にとって、これはNFLでプレーする最後のチャンスになるだろう。しかし夢を追いかける機会は、全てのフットボール選手に与えられるべきだ」

ブレイディ・クイン、フェリックス・ジョーンズ、マイケル・ブッシュ、ジャマール・アンダーソン、マイケル・サム... NFLファンなら名前を聞いたことのある選手が多数参加して行われた第1回NFLベテランコンバインは、NFLの選手育成ディレクター、マット・バークの厳しくも愛情のある言葉で幕を開けた。

「選手のことはほとんど把握している。このイベントに意義はあるのか?」

そうしたチームオーナー達の懐疑的な意見を聞かされていたバークにとって、日本から参加した栗原は最も期待をかける選手の一人であった。

「彼は、このイベントにおける最大の発見になるかもしれないぞ」

彼がそう言ったのは、単なる社交辞令ではなかった。実際にNFLのスカウト網は非常に強力で、今回参加した選手、特にある程度の実績を残している選手は逆に言うと「すでにチームから必要ないと判断された存在」。そのため「何を今さら...」とチームが考えても何ら不思議はない。そして実際に「やっぱり不要な選手ばかりの、意味のないイベント」と判断される可能性も十分にはらんでいた。

このイベントの成否は「こんな掘り出し物の選手がいたんだ!」とチームが思えるか否かにかかっている。そうなり得る、ほとんどのチームが知らないであろう存在。それが栗原だった。過去2年、ボルチモア・レイブンズのルーキーミニキャンプに参加している栗原は、ヘッドコーチのジョン・ハーボーもその実力に太鼓判を押す選手。自身も2012年までボルチモア・レイブンズでプレーしていたバークは、ハーボーからすでに栗原のことを聞いていたのだ。

「ハーボーコーチから"やる男"だと聞いてるぞ!」

前日に栗原が挨拶すると、バークはそう期待を表した。もちろん、期待していたのはバークだけではない。何より、栗原自身である。レイブンズでは1年目、トレーニングキャンプに呼ばれながらもビザの関係で参加はならず、2年目は思うように実力を発揮できなかった。年齢から言っても「今年が最後のチャンス」。そう思い、特定のチームだけでなく、全チームへアピールできるこのベテランコンバインを挑戦の場に選んだのだ。

「声をかけてもらえれば、どのチームでも行く」

そうした決意と期待を胸に、栗原はコンバインに挑んだ。

今回参加したワイドレシーバーは栗原を含め11人。ホテルから会場であるNFLのアリゾナ・カージナルスの施設へ向かうバスは40人は乗れる大型。期待や野望、そして緊張感に満ちた車内は約20分の間、何とも言えない静けさに包まれていた。その中で栗原はAloe BlaccのThe Manを聞きながら集中力を高めていた。

コンバインはグループごとの身長、体重の計測と、40ヤードダッシュ、ポジションドリルで構成される。12時40分に会場に到着したワイドレシーバーの計測は13時50分に開始予定。約1時間がウォームアップに充てられていた。

集中を高めながらウォームアップする選手達。栗原もストレッチをし、ダッシュをし、他の選手と一緒にキャッチボールをしたりと準備を整えた。しかし...なかなか測定が始まらない。クォーターバックとタイトエンドのポジションドリルが延々と続いていたのだ。

結局、1時間以上遅れで始まった。
40ヤード走の前に、選手の身長と体重がアナウンスされる。

「タカシ・クリハラ、身長ファイブ、ワン、ワン、ゼロ(5110=5フィート11インチ=180㎝)、体重ワン、セブン、セブン(177ポンド=80㎏)」

40ヤードのゴール地点に陣取ったスカウト陣から、失笑ともとれるざわめきが起こった。

「タカシ・クリハラ? 彼はどこの国から来たんだ? どこの学校出身だ? 177ポンドしかないのか?」

そんな多くの疑問が起こしたざわめきだろう。しかし栗原は意に介さない。
レイブンズのキャンプでも最初は同じように「誰だこのアジア人?」という反応。そうした雰囲気には慣れていた。しかも、今はそんなことを気にしている場合ではない。40ヤードをいかに走りきるか、それだけが、意味のあることだった。

静かにスタートラインにセットし、さらに集中を高める。手を計測用のプレートに置き、腰を上げた次の瞬間、栗原はズバッとスタートを切った。最高のスタート、を期待したが、少し緊張していたせいか、つまづいてしまった。しかしそんなアクシデントをものともせず、約4.5秒後には40ヤード先のゴール地点に到達した。

つまづいたことに少し不満げな栗原ではあった。だが、タイムはもとよりスムーズで素早い走りに、先ほど失笑していたスカウト達の反応は驚きに変わっていた。

40ヤードの2本目。もう笑う者はいない。すでに緊張の解けた栗原は1本目よりも速く40ヤードを駆け抜けた。非公式タイムでは4秒59であったが、今回の計測方式は0.2秒程遅く計時される可能性があるため、スカウト陣もそのままの数字で評価することはないだろう。実際、大学時代にスカウティングコンバインで4秒34を出した選手の結果も4秒75。メディアでも「今回のタイムは本来より遅くなる計測方法による」と報道されていた。

40ヤードの計測後はポジションドリル。ここでのパフォーマンスはスカウトの評価にさらに大きく影響する。
幸いにも計測を待たされていた間は空調の効いた室内練習場にいることができたが、ポジションドリルは30℃の炎天下の屋外のフィールドで行われる。湿度が低いとはいえ、照りつける太陽の光は強烈だ。
最初のドリルは、フィールドを横断する間に左右から投げられるパスを捕球するもの。いかに速く走りながらボールをキャッチできるかがカギとなる。順番が最後の栗原は、他の選手のパフォーマンスを見ることができた。彼らにとっても緊張する場であるからか、パスが手につかない選手もいた。それを見た栗原は、よけいなプレッシャーを感じずにドリルを終えることができた。しっかりとハンドキャッチでき、スピードも他の選手に勝っていた。


その後はサイドライン際のキャッチ、アウト、ポスト、スラントなどのルートを走り、全てしっかりとハンドキャッチした。最後の締めくくりはポストコーナーで、ブレイディ・クインから放たれたパスはキャッチし損なってしまったが、他の選手と比較しても非常に精度の高いルート取りで、スカウトも評価しただろう。


全てのドリルが終わり、ハドルを解いて帰ろうとする栗原に、スカウトから声がかかった。

「残って、もう少しパフォーマンスを見せてくれ」

他の2選手とともに、スロットレシーバーのパターンを走ることとなった。ここでもいいパフォーマンスを見せた栗原には、「連絡先を教えてくれ」とスカウトから依頼があった。

予定外の"居残り"を終えた後には、メディアのインタビューが待っていた。英語での質問に英語で普通に答える栗原。試合中に、プレーコールを通訳してもらうわけにはいかない。チームも英語でのインタビューを見て、安心するに違いない。

「自分のAゲーム(最高の出来)を出せれば、NFLレベルでもやれることはわかっている。今日はそれができたと思う」

そう力強く語った栗原。

自分のためにも、後に続く日本人選手のためにも、日本におけるフットボールの発展のためにも、次のステップに進むことが期待される。

今回のイベントは全て撮影されており、全てのチームと共有される。あとは、どこかのチームからの吉報を待つしかない。
だが今日の栗原のパフォーマンスを見れば、マット・バークの期待にも応えられる日も近いだろう。

栗原 嵩

栗原 嵩

1987年11月07日生まれ

駒場学園高等学校~法政大学を経てパナソニックインパルス、IBMビッグブルーでプレー。
NFL入りを目指し、昨年はボルティモア・レイブンズのルーキーミニキャンプに参加した。

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