Warrior's Story

「僕はまだ、始まってすらいない」ケンブリッジ飛鳥が巻き起こすフィジカル革命 ~後編

「僕はまだ、始まってすらいない」
ケンブリッジ飛鳥が巻き起こすフィジカル革命 ~後編

2016年、そのポテンシャルを開花させつつあるケンブリッジ飛鳥。

はじめて臨んだ8月の大舞台で、男子100m予選は10秒13で準決勝進出。だが準決勝では10秒17の3組7位となり、世界トップ8が競い合う決勝への進出はかなわなかった。
しかし、その4日後に行われた4×100mリレーではアンカーを務め、予選で37秒68のアジア新記録をマーク。決勝では予選のアジア記録を更新する37秒60で2位となり、銀メダルを獲得した。

活躍の背景には、大学時代から着実に積み重ねてきたフィジカルトレーニング、そしてハイクオリティな栄養摂取がある。
今回は彼とDAH(ドームアスリートハウス)に所属する大前祐介パフォーマンスコーチ(兼ドームトラッククラブコーチ)に、今回のオリンピックで得たもの、そして短距離選手のパフォーマンスにおけるフィジカル強化と栄養摂取の重要性を語ってもらった。

※インタビューは、2016年9月初旬に実施。


ジャマイカの選手もアメリカの選手も、特別なことは何もしていない。

現在、徐々にパワーを備えつつあるケンブリッジだが、高校時代の体重は66㎏。当時はウエイトトレーニングをまったく行っておらず細かったが、大学入学とともにトレーニングを始め、2年時には72㎏にサイズアップする。本格的に身体作りに目覚めたのは、2年の終わりのこと。多くのトップ選手がいるジャマイカで1週間ほど練習したことで、身体作りの重要性を痛感。それを機にDAHでトレーニングを開始し、筋肉量が一気に増え、80㎏近くまで身体が大きくなった。

「トレーニングを本当の意味できっちりやるようになったのは、大学3年から。体重は一番大きかった時で78~79㎏ですね。その当時はケガもあり、しっかり走れていなかったから少し重かった。今はそこから少し絞って76㎏。でも明らかに、大きかった時より身体は強く、重さも挙げられます。いい形で絞ることができています」(ケンブリッジ)

今は屈強な肉体を誇るケンブリッジ。しかし、もともとはケガの多い選手だった。

「大学時代からトレーニングを見ていますが、当時の彼はもしかすると、本当の全力では一度も走っていないかもしれません。1本、2本走ってパンクして、3本目はどうにかごまかせても決勝は歩いてゴール。そんなタイプでした。ハムストリングスを負傷しがちで、肝心なところで戦えない選手でした。そんな状態からトレーニングを積んで、段階的に強い身体を作っていったのです。

とはいえ、特別なことは何もしていません。当時も今もやっているのは、ビッグスリーやパワークリーンなどのオーソドックスなメニュー。逆に言えば、今まではベーシックなメニューすらできておらず、土台のない状態だった。そこからフィジカルのベースとなる部分をきちんと作っていったことで、パフォーマンスの安定感が出た。

彼がトレーニングに目覚めたきっかけはご存じの通り、ジャマイカで練習したことです。ジャマイカには僕も行ったことがあるのでわかりますが、向こうの選手も筋力トレーニングはしっかりやっている。メニューはオーソドックスなもので、何か変わったことをしているわけではまったくありません。言ってしまうと、日本人が日本でもできるシンプルなメニューをやっているだけで、特別なことは何もない。当たり前のオーソドックスな身体作りを、しっかりとやり込んでいる」(大前)

ウエイトトレーニングとは、パフォーマンスを下支えする土台である。そして、日本人選手はまだまだ、ウエイトトレーニングによる身体作りへの意識が低いのではないか。

「おそらく、スプリントのスキルを磨くことに目が行きすぎているのだと思います。もちろんそれは大事なこと。でも、その技術も身体あってのもの。どれだけスキルを磨いても、土台となる身体が何も進化しなければ、簡単に限界が来る。技術の追求と身体作りは常に並行して行っていくべきもので、身体を作ったら合わせてスキルも向上し、ワンランク上の身体を手に入れれば、さらに上の技術を得られる可能性が増す。タフな身体を作ることが、持っているスキルをしっかりと出し切ることにつながるのです」(大前)

また「ウエイトトレーニングをすると身体が重くなりスピードが落ちる」「走る競技の身体は走って作る」といった、間違った思い込みや古い考えが、まだまだ残っているようにも思える。

「世界のトップ選手達の身体を見て下さい。彼らはなぜあんなに大きいのか。日本の選手が彼らと戦うには、その現実とまっすぐ向き合っていかねばなりません。そして、日本人がまだ9秒台に達しないこと、オリンピックの決勝に行けていないことを"人種の違い"といった曖昧な理由で片づけてしまう。その前に、やるべきことをちゃんとやっているのか。それを、今一度考えるべきです。

先ほども言いましたが、ジャマイカの選手もアメリカの選手も、特別なことは何もしていません。当たり前の身体作り、当たり前の練習を、当たり前のように繰り返しているだけです。例えばジャマイカと比べると、日本は社会的に大変恵まれています。これだけ何でもあり、どんな情報でも入ってくる国ですから、もっともっとできる。裏を返せば、何でもあるからこそ、好きなことや得意なことばかりをチョイスして、弱くて不得意な部分、取り組まねばならぬ課題から目を逸らしている。そんな風に思えてなりません。

銀メダルを獲ったリレーもそう。9秒台の選手がいなくても勝てることを今回も証明しました。その原動力となったバトンワークは確かに、誇るべき技術。でも、そればかりが武器というのはあまりに悲しい。まだまだ、相手のミスを誘わないと銀メダルを獲れない。そんな現実も、ちゃんと受け止めなくてはいけません。そもそも、日本のバトンパスのノウハウを海外のチームが取り入れたら、以前と同じ土俵に戻されてしまうわけです。バトンパスを磨くことも大事ですが、一番はあくまで個人の力量を上げること。そこを忘れてはいけません」(大前)

彼はまだまだすべてが途中。ようやく世界の入り口に立った程度。

4×100mリレーの銀メダリストとなるも、ケンブリッジに慢心はいっさいない。今後の身体作りについて、彼はこう語る。

「東京オリンピックを80㎏ぐらいで迎えるイメージで考えています。今から1年に1㎏ずつぐらい増やしていく感じですね。体重ありきでもないので、今は一気に増やすことは考えていません。ここからは大きくするというより、強くする。重点的に強化したいのは下半身。お尻やハムストリングスをしっかり鍛えていきたいと思っています。今はすごくいい流れで来ているので、これからも、今やっていることをしっかりと継続します」(ケンブリッジ)

「まだまだ引き続き、身体を大きくしていかなくてはなりません。彼はまだまだ、すべてが途中。ようやく世界の入り口に立ったぐらいのレベルで、目指す頂点はずっと向こうにある。それを踏まえて、身体を段階的に大きくしていきたい。今まで取り組んできたビッグスリーなどのオーソドックスなメニューを続けつつ、お尻周りや肩周りを重点的に強化。『ここだ!』というレースで、持っているものをしっかりと出し切れるような強い身体を作り上げたいと思います」(大前)

もちろん、期待されるのは9秒台のレコードだ。

「100mの予選やリレーで持っている力をしっかりと出せたことは、今後に向けた大きな自信になりました。どこに行っても自分の走りができる。その気持ちは今や確信に変わりました。自分の中では、9秒台はいつ出てもおかしくないと思っているので、できるだけ早く出したい。そして、世界トップ8に食い込みたい。そのためには今後、得意な部分をさらに伸ばしていきたい。チャンスは十分ある」(ケンブリッジ)

「9秒台はタイミング次第ですね。運という要素も含め、本当にそう思います。ただしタイミングや運に任せている時点で、本当の9秒台の力はまだない、ということ。いつでも、どこでも9秒台を出せる。そんな選手になってほしい。そのためには身体作りも大切ですし、海外で練習を積んだりする必要もあるかもしれません。9秒台を出すにはどうすればいいのか。日本には、その答えを持っている人がいないわけですから。

今回の経験で、世界トップ8に入るためには、誰に勝てばいいのかがはっきりしました。100mは本当にわかりやすい競技です。ゴールした瞬間に明確な数字が出て、そこに人の主観が入る余地はない。こんなにシンプルかつシビアな競技は、他にありません。それだけに、身体作りがもたらすものは非常に大きいと思っています」(大前)

今、二人が見すえるベンチマークが2017年と2019年の世界選手権。特に五輪前年の2019年は、ハイレベルな争いが展開されるだろう。そこでどれだけ戦えるか。それによって、東京が見えてくる。夢の9秒台、そしてメダルへ。ケンブリッジはまだまだ、始まったばかりに過ぎない。




前田成彦
DESIRE TO EVOLUTION編集長&株式会社オフィス221代表。
学生~社会人にてアメリカンフットボールを経験。昨年よりトレーニングを本格再開し、学生時代のベンチプレスMAX超えを目指し奮闘中。お気に入りのマッスルメイトは、ホエイプロテインSTOICにR4とグルタミンをブレンドしたオリジナルドリンク。

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