Dr.'s Eye

Dr.'s Eye ~食品・サプリメントの本当の話

Dr.'s Eye
~食品・サプリメントの本当の話

DNSの栄養学博士・ドクター青柳が、食品のこと、サプリメントのこと、栄養のことなどを、博士ならではの知見で語り尽くす新企画がスタート。トレーニングをこよなく愛すウォリアーの皆さんにこそ、ぜひご一読いただきたい。

文=青柳清治

あおやぎ・せいじ
株式会社ドーム 執行役員 SO(Scientific Officer)
栄養学博士

第1回:まずは自己紹介。

このたび、DNSから情報発信をさせていただきます青柳清治と申します。今後ともおつき合いのほどを、よろしくお願い申し上げます。記念すべき第1回は、自己紹介から始めさせていただこうと思います。

私は横浜に生まれ育ちました。そして1976年、ちょうど建国200年で浮かれていたアメリカ・カリフォルニア州に、駐在員であった父とともに家族で引っ越し、中学・高校時代をロサンゼルス郊外で過ごしました。イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』が、わが青春です。

大学は、オキシデンタル大学という学生数1600名あまりのリベラルアーツカレッジに進学。生化学を専攻しました。そのころ大学にいらっしゃったのが、なんとオバマ前大統領でした。彼は2年上の先輩で、当時キャンパスで反アパルトヘイト活動に熱心に取り組んでおられたことを、鮮明に記憶しています。

大学卒業後に帰国。協和発酵工業株式会社(現・協和発酵バイオ)に入社し、アミノ酸発酵の研究に従事しました。アルギニン、オルニチン、シトルリン生産バクテリアの研究です。そして入社5年目、社内留学制度でイリノイ大学(シャンペン・アーバナ校)に修士留学させていただき、アミノ酸やミネラルの代謝について研究しました。

本来なら2年で勉学を全うし、会社へ復帰すべきところでした。しかし博士号取得に野心を燃やし、不届きにも会社を退職。大学院に残ってしまいました。当時の上司には「青柳、一度殴らせろ」と言われました。しかし、今でも同社とは仕事でつながっています。免責ということで、よろしくお願いいたします(笑)。

その2年後、無事に博士号(栄養学)を取得できました。そしてアメリカの大手製薬会社である、アボット・ラボラトリーズに入社。臨床栄養や乳児用ミルクの研究において最先端とされる、同社ロス研究所(オハイオ州コロンバス市)に入所しました。研究テーマは「病態別経腸栄養剤の研究開発」。当時世に送り出した製品達は、わが国を含め、本日も世界中の医療現場で優れた治療成績を挙げています。

その後は、日本の栄養剤ビジネスを統括する立場となりました。新規の栄養剤を日本に導入する仕事で、日本とアメリカをたびたび行き来しました。今でこそサプリメント業界で流行しているHMB(β-ヒドロキシ-βメチル酪酸)をわが国で食品として使用できるようにしたのも、医療現場で褥瘡(床ずれ)に用いられる栄養剤を輸入するためでした。また、医師教育に不足していた臨床栄養を教育するTNTというプログラムの導入や、栄養アセスメントで必要な日本人の身体計測値における初のスタンダード「JARD2001」の構築を学会の先生方と行いました。わが国の臨床栄養の発展に、少しは貢献できたかと自負しています。

2004年、アボット社がEASというスポーツ栄養の会社を買収しました。ドームは当初このEASの輸入代理店であったのですが、日米間の食品添加物の違いによって輸入できる製品が限られていたことや、(これはドームに入社してから聞いた話ですが)EASの対応自体も必ずしもよいものではなかったようです。その結果ドームは、独自ブランドであるDNSを2000年に立ち上げました。そういう意味では、私のDNSとの接点は2004年ということになります。

ちょうどそのころ、アメリカではEASの創業者であるビル・フィリップ氏が1990年代半ばに考案した、栄養と運動のみならず行動変容も促す「Body for Life」という12週間の肉体改造プログラムが流行していました。アメリカの食生活で体重86㎏まで膨れ上がっていた私も、さっそくBody for Lifeを自ら実行することを決意しました。Body for Lifeのマニュアルには、近年日本でも流行っている糖質制限のコンセプトや、1日6食の分食法、効率的な有酸素運動や筋トレの理屈などがわかりやすく説明してあり、非常に理論的でした。その結果、12週後には72㎏まで減量することができました。

あれから12年後の現在も、毎朝1㎞の水泳と週2回の筋トレを継続。食事も高たんぱく・良脂質。そして炭水化物を極力制限するよう心がけ、体重72㎏で体脂肪率15%を維持しています。Body for Lifeによる私の行動変容は、かなり成功したと思います。

アボット社での最後の仕事となったのは、シンガポールに栄養研究所を立ち上げるというプロジェクトで、先発隊の一人として赴任しました。アジア圏でさまざまな栄養に関する研究を可能にすべく、バイオポリスという研究棟のワンフロアを使って、何もない状態から分析機器を買いそろえていきました。その結果、現地やリージョンの研究者のリクルートまで、1年あまりで何とか形にできました(今も同社の研究ハブとして活躍しています)。

そんな中、あるヘッドハンターから転職の話を持ち掛けられ、英国の大手製薬会社であるグラクソ・スミスクライン(GSK)の日本法人で、ヘルスケア製品(歯磨きペースト、義歯ケア製品、OTC風邪薬、ニコチンパッチなど)の薬事・開発・品質管理・お客様相談室を統括する仕事で、東京へ舞い戻ってきました。まったくの畑違いでありましたが、いろいろといい経験になりました。ニコチンパッチという特殊な医薬品を取り扱い、喫煙による健康被害を目の当たりにしたのと、日本人の禁煙欲の薄さには正直、呆れました。喫煙は「百害あって一利なし」です。健康的な生活を目指すウォリアーは即、禁煙をお願いします(余談ですが、GSKはヨーロッパではメジャーなMaxiNutritionというスポーツ栄養ブランドを展開しています。残念ながらわが国への導入は叶いませんでした)。

この仕事を通じて、私のミッションとパッションはやはり「栄養」であることを確信しました。そこで、次にフランスのヨーグルト会社ダノンで、研究開発部長の仕事に挑みました。乳酸菌の研究やギリシャヨーグルト製造など、ヨーグルトの奥深さには驚いた半面、わが国で横行している乳酸菌の機能に関する誇大宣伝、もしくは景表法違反すれすれな状況には、違和感を覚えます。胃酸や胆汁酸でほぼ死滅してしまう乳酸菌ですが、不思議とどの菌も、腸に到達していろいろな効果を発揮するものです。最悪は、ヨーグルトだけでインフルエンザの予防ができたら苦労しません。しかしながら、腸内環境がヒトの健康に与える影響が大きいのは間違いありません。そもそもアスリートは内臓が元気でないと栄養摂取・吸収ができません。そして栄養摂取・吸収ができないと、パフォーマンスの向上や効果的なリカバリーは期待できません。

臨床栄養の仕事をする中、個人的な趣味としてISSA(International Sports Sciences Association)のパーソナルトレーナーの資格を取得しました。驚いたことに、カリキュラムの半分は栄養のことでした。それまで、栄養での接点は疾病者が多く、栄養で健康な人々に触れる楽しさを覚えてしまいました。これがスポーツ栄養、そしてドームの門を叩くきっかけになりました。

私が14年前に出合ったDNSは、ニュートリション・エンジニアリングの飽くなき探求を通じ、健全な精神と強靭な肉体を持った人への進化、そして、豊かな人生の創造を手助けする「人を進化させる」ブランドとして歩み続けています。いまだ至らぬところも多々ありますが、目的達成のため、ブランドは進化し続けています。

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