競技パフォーマンスUP
いわきFCは第97回天皇杯2回戦でJ1の北海道コンサドーレ札幌に5対2で競り勝ち、2回戦に進出。アウェイで迎えた清水エスパルス戦は2対0で惜敗するも、アグレッシブに前へ出続けるいわきFCのサッカーは観客の心をとらえ、試合後に清水サポーターはじめ会場から温かいスタンディングオベーションを送られたことが話題となった。
福島県1部リーグのチームがJ3の福島ユナイテッドとJ1のコンサドーレを倒し、清水エスパルスとも互角に渡り合った。この結果からチームは何を得たのか。そして、これから何を目指していくのか。田村雄三監督とFW菊池翔太、MF植田裕史、DF山崎海秀に話を聞いた。
田村 雄三 監督
「天皇杯の決勝とJ1との2試合で、選手にわかってほしいのは、やる気になったらできるし、積み上げてきたフィジカルは嘘をつかないということ。いくら相手がJ1だろうと、しっかりしたフィジカルがあれば中途半端な技術は怖くない。それがはっきりしました」
田村雄三監督はそう語る。そしてMF植田・FW菊池、DF山崎も、今回の戦いでそれぞれ大きな自信をつかんだ。
田村 雄三 監督
MF 植田 裕史
「自分の持ち味である走力は、J1相手にも十分通用しました。僕の仕事は、目の前の相手に走り勝ってサイドを制圧すること。それは札幌戦でも清水戦でもできた。スプリントでもコンタクトでも、ほぼ負けなかったと思います。J1の選手は確かに上手いのですが、僕らのような格下には多少、手を抜こうとする。でも1本1本を全力で走り、抜き去ることで、彼らを本気にさせることができました。
ただし2点目を入れられた時、起点になっていたエスパルスの鄭大世選手と競り合って倒れてしまったんです。あのプレーがなかったら、2点目は取られていなかったかもしれない。フィジカルの強さを売りにしているいわきFCの選手として、恥ずかしいプレーでした。そこは反省しています」(植田)
MF 植田 裕史
FW 菊池 将太
「僕の場合、相手を背負うことが多いのですが、ストレングストレーニングでしっかりと身体を作った成果で、コンタクトしても何も感じませんでした。J1の選手でも、当たりなら通用すると、はっきりわかった。
でも、彼らが上手いのは確かですね。僕が強いとわかったら微妙に間合いを取って、ボールが入った瞬間に身体を入れ替えてきたり、ボールが出る前にぶつかってきたりなど、駆け引きが上手いし経験もある。つまり、身体が強い相手に対してどうすればいいかを知っているんですね。でもそれならば、さらにフィジカルのレベルを上げて対抗したいと思いました」(菊池)
FW 菊池 将太
DF 山崎 海秀
「コンサドーレに勝てたのは、前半を0点で抑えられたことが大きかった。でもエスパルス戦は、試合開始直後に失点してプランが崩れてしまった。やはり、アウェイには独特の空気がありますね。エスパルスのオレンジのユニホームとサポーターの応援が作り出す雰囲気があるんですよね。それに慣れないうちに、隙を突かれてしまった感じです。ただしコンタクトは、清水のFWより(菊池)翔太君の方がずっと強い。正直に言うと、J1よりも紅白戦の方が嫌でした(笑)」(山崎)
DF 山崎 海秀
勝利を挙げた札幌戦では、格上を相手に延長30分間、誰も足を痙攣させることなく走り続けた。それは間違いなくフィジカルトレーニングの成果であり、昨年のチームでは決して成し遂げられなかったことだ。ただ筋肉をつければいいのはなく「魂の息吹くフットボール」というコンセプトの本質を突き詰め、「走力」にフォーカスし、徹底的にフィジカル強化を行ったことの成果だ。
「昨年の大きな反省が、フィジカルトレーニングとサッカーの実際の動きがつながっていなかったことでした。そこで、走力を上げるという具体的な目標を立ててフィジカルトレーニングを行い、スモールゲームなどでもコンタクトの要素を増やしたことで、プレーのパワーもスピードも走行量も大幅に向上したと思います」(田村)
天皇杯を経て、8月初旬から約5週間の鍛錬期に入った。週4日、午前に2時間半のストレングストレーニングを行い、徹底的なフィジカル向上を目指している。今のベンチマークは、10月13日より行われる「全国社会人サッカー選手権大会(全社)」。負けたら終わりのノックアウト方式で、決勝まで勝ち進めば5日間で5連戦を戦うこの大会(昨年は準々決勝で敗れ、全国ベスト8に終わっている)。上位4チームが「地域チャンピオンズリーグ」に進出でき、ここでベスト4以上の成績を収めれば、JFL(日本フットボールリーグ)への飛び級昇格が見える。田村監督は語る。
田村 雄三 監督
田村 雄三 監督
「今は毎日3時間の練習時間の中で、フィジカルトレーニングが2時間半。ボールを使う時間は30分程度しかありません。正直、みんなもっとボールに触りたいと思っているでしょう。でもその反面、天皇杯の勝利で、今までの取り組みが間違っていなかったこともわかっているはず。サッカーの練習そのものに費やす時間が少なくても技術は落ちないし、むしろJ1とも対等に戦えました。足りなかったフィジカルを徹底的に向上させることで、軸がぶれなくなってキックのミスが減るなど、技術面でも大きなメリットがあるんです」
フィジカルトレーニング中心ながらも、トレーニングマッチはコンスタントに行っている。もちろん全社のハードスケジュールを見越したことだが、疲れがたまっているため結果は芳しくない。8月12日には、天皇杯福島県予選の決勝で3対0で勝ったJ3の福島ユナイテッドに0対6で敗れた。
「後半の残り30分で身体が動かなくなり、そこから一気に6点取られてしまった。でも、そんな状況でも動ければ、全社のキツい時でも必ず戦える。常に全社のきつい状況を意識することが大事だと思います」(菊池)
「春にも鍛錬期がありましたが、あの時に頑張ったからコンサドーレに勝てた。今後しっかりと疲れを取れれば、あの試合のように延長になっても走り続けられるはず。今は筋肥大をテーマに強い負荷をかけていますが、これを徐々にパワーやスピードに変えていくように調整すれば、きっと上手くいきます」(植田)
身体を追い込んだ状態では、一度勝った福島ユナイテッドにも6点を取られて負ける。J1のチームに勝ったとはいえ、実力を過信してはいけない。この試合は、田村監督にとっても、大きな気づきを得るきっかけになった。
「トレーニングでの疲労を考慮し、今まで通りのサッカーはできないだろうと考え、ボールを大事にしてつなぎ、深さと幅を取ってボールをポゼッションしろと指示を出しました。ところが、選手がそれを素直にやりすぎて、ゴールに向かわなくなってしまった。どんどん敵陣に入っていかないと、それはいわきFCのサッカーじゃない。動きが少ないから見ていてつまらないし、何より、そんなチームは相手にとってまったく怖くない。
そもそも、Jリーグの試合に迫力がないのはそれなんですよ。ダラダラとポゼッションしてポンとボールを出したら、そこに1億円のストライカーがいて1点取っちゃう。それだけで向かって行かないから、面白くない。これは違うな、と再確認しました。だから、どんな状況でも自分達の前へ前へ向かうサッカーの理想を貫こう、と思い直しました」
8月から始まった鍛錬期では、栄養摂取に関しても新たな取り組みを開始した。選手はこれまでのDNSパワーカフェでの食事とサプリメント摂取に加え、週に一度、全員で肉をたくさん食べ、たんぱく質摂取量の増加を目指している。特に、食事に対する意識が変わったのが菊池だ。
「身体を大きくするにはやはり、食べなくちゃいけない。今は食トレの他に、朝昼晩と卵を2個ずつ食べています。そのおかげかはわかりませんが、一気に体重が3㎏増えて80㎏になりました。もちろん、ただ体重が増えたのではなく、骨格筋量が上がっています。実は卵はそれほど好きではないのでキツいのですが、身体が明らかに変わってきた。だから、例え食欲がなくても必ず食べようと心がけています」
またこの8月には、アメリカンフットボールXリーグ・IBMビッグブルーの栗原嵩選手や法政大学オレンジ、東京大学ウォリアーズの選手たちがいわきFCを訪問。特に栗原選手と一緒にウエイトトレーニングを行ったことは、選手たちにとって大きな刺激になったようだ。
「『明らかにやったヤツが、明らかに変わる』という言葉が、とても印象的でした。今、チームの中で流行り言葉になっています。栗原選手は今すぐに戦えそうな身体をしていて、トレーニングを見たら、アップの重さが自分のMAXでした(笑)。自分はチームの中でフィジカルが弱い方なので、明らかに変われるようにもっともっと頑張ります」(山崎)
「栗原さんが、見たこともない重さでトレーニングをしていて、自分はまだぜんぜんダメだと思いました。違う競技の選手のすごさを知ることができて、すごくいい経験になりました。もっとやらなきゃダメですね」(菊池)
「もちろん身体もすごいのですが、栗原選手は人間性が素晴らしいと思いました。僕らみたいな素人を相手にしても、気さくに何でも教えてくれる。あの姿勢は学ばなくてはいけないと思いました。サッカー選手って、ああいう機会があると気取りがちなんですよ。でも栗原さんはすごく好感が持てるし、応援したくなる。ぜひ、また一緒にトレーニングしたいと思いました」(植田)
日本のサッカーチームの中で、最も熱心にフィジカルトレーニングに取り組んでいるのは間違いなくいわきFCだ。しかし、アメリカンフットボールなど他競技のアスリートと比較すると、所詮はまだまだ「井の中の蛙」だ。世界を見渡せば、自分たちより大きくてパワーがあり、しかも速いアスリートは、当たり前のようにたくさんいる。
特に植田は、フィジカルトレーニングの重要性を理解している選手だ。それは、いわきFC入団前、ヨーロッパで約2年プレーした経験による。
「マッチアップした時、目の前の相手が大きかったら嫌なものです。逆に、ショボかったら怖くない。やっぱりフィジカルトレーニングは大事です。僕はいわきFCに入る前、1年半ぐらいヨーロッパでプレーしていたからわかるのですが、向こうにはアメフト選手みたいな体型でめちゃくちゃ技術が高い選手が普通にいます。彼らは特に、ボールをキープする時のボディコンタクトがすごく上手い。でも日本人はそれを避ける傾向があるから、当たられるとすぐに崩れる。それは日本のサッカー選手の、明らかによくない特徴です。
ヨーロッパから帰り、いわきFCに入団したのは、自分に足りないフィジカルを、もっと強くしたいと思ったから。今のサイズは169㎝68㎏で、入団当初から4㎏ぐらい増えました。今はコンタクトプレーが怖くありませんし、当たられても痛くないし、崩れない。自分の中でも、強くなった実感があります」
ウエイトトレーニングをすると身体が重くなる。ほんの数年前まで、日本の多くのサッカー選手はそんな迷信にとらわれていた。しかし今、いわきFCに、そう思っている選手は一人もいない。そして今、何のためにフィジカルを強化しているのかを、きちんと理解している。田村監督は語る。
「選手は皆『自分たちが日本のサッカーのフィジカルスタンダードを変える』と本気で思っています。この状況をもたらした大きな理由が、天皇杯での躍進だと思います。勝つことで得られる自信は、やはり大きい。そして、天皇杯と同じコンディションとメンタルで全社を戦えたら、きっと勝てるでしょう。
でも、いわきFCはただ勝てばいいクラブではない。勝つことで得られるものの大きさを理解しているからこそ、そこに至るプロセスを大事にせねばなりません。それは、選手もスタッフも理解しているつもりです。JFLだろうがJ1だろうが、そこで勝つためにやっているわけじゃない。そんな小さなことを考えるのではなく『自分達のフィジカルを見せつけてやる!』という気持ちで挑んでほしいと思います」
10月の全社、そして地域チャンピオンズリーグに向けた鍛錬期はまだ続く。おそらくどの試合でも、相手チームはいわきFCを研究し、良さを潰す策略を練ってくるだろう。それでも、チームの方針はブレない。鍛え上げたフィジカルを武器に真っ向勝負し、熱い戦いを見せる。それだけだ。
※2017年8月時点(取材時)の情報です
いわきFCは第97回天皇杯2回戦でJ1の北海道コンサドーレ札幌に5対2で競り勝ち、2回戦に進出。アウェイで迎えた清水エスパルス戦は2対0で惜敗するも、アグレッシブに前へ出続けるいわきFCのサッカーは観客の心をとらえ、試合後に清水サポーターはじめ会場から温かいスタンディングオベーションを送られたことが話題となった。
福島県1部リーグのチームがJ3の福島ユナイテッドとJ1のコンサドーレを倒し、清水エスパルスとも互角に渡り合った。この結果からチームは何を得たのか。そして、これから何を目指していくのか。田村雄三監督とFW菊池翔太、MF植田裕史、DF山崎海秀に話を聞いた。
田村 雄三 監督
「天皇杯の決勝とJ1との2試合で、選手にわかってほしいのは、やる気になったらできるし、積み上げてきたフィジカルは嘘をつかないということ。いくら相手がJ1だろうと、しっかりしたフィジカルがあれば中途半端な技術は怖くない。それがはっきりしました」
田村雄三監督はそう語る。そしてMF植田・FW菊池、DF山崎も、今回の戦いでそれぞれ大きな自信をつかんだ。
田村 雄三 監督
MF 植田 裕史
「自分の持ち味である走力は、J1相手にも十分通用しました。僕の仕事は、目の前の相手に走り勝ってサイドを制圧すること。それは札幌戦でも清水戦でもできた。スプリントでもコンタクトでも、ほぼ負けなかったと思います。J1の選手は確かに上手いのですが、僕らのような格下には多少、手を抜こうとする。でも1本1本を全力で走り、抜き去ることで、彼らを本気にさせることができました。
ただし2点目を入れられた時、起点になっていたエスパルスの鄭大世選手と競り合って倒れてしまったんです。あのプレーがなかったら、2点目は取られていなかったかもしれない。フィジカルの強さを売りにしているいわきFCの選手として、恥ずかしいプレーでした。そこは反省しています」(植田)
MF 植田 裕史
FW 菊池 将太
「僕の場合、相手を背負うことが多いのですが、ストレングストレーニングでしっかりと身体を作った成果で、コンタクトしても何も感じませんでした。J1の選手でも、当たりなら通用すると、はっきりわかった。
でも、彼らが上手いのは確かですね。僕が強いとわかったら微妙に間合いを取って、ボールが入った瞬間に身体を入れ替えてきたり、ボールが出る前にぶつかってきたりなど、駆け引きが上手いし経験もある。つまり、身体が強い相手に対してどうすればいいかを知っているんですね。でもそれならば、さらにフィジカルのレベルを上げて対抗したいと思いました」(菊池)
FW 菊池 将太
DF 山崎 海秀
「コンサドーレに勝てたのは、前半を0点で抑えられたことが大きかった。でもエスパルス戦は、試合開始直後に失点してプランが崩れてしまった。やはり、アウェイには独特の空気がありますね。エスパルスのオレンジのユニホームとサポーターの応援が作り出す雰囲気があるんですよね。それに慣れないうちに、隙を突かれてしまった感じです。ただしコンタクトは、清水のFWより(菊池)翔太君の方がずっと強い。正直に言うと、J1よりも紅白戦の方が嫌でした(笑)」(山崎)
DF 山崎 海秀
勝利を挙げた札幌戦では、格上を相手に延長30分間、誰も足を痙攣させることなく走り続けた。それは間違いなくフィジカルトレーニングの成果であり、昨年のチームでは決して成し遂げられなかったことだ。ただ筋肉をつければいいのはなく「魂の息吹くフットボール」というコンセプトの本質を突き詰め、「走力」にフォーカスし、徹底的にフィジカル強化を行ったことの成果だ。
「昨年の大きな反省が、フィジカルトレーニングとサッカーの実際の動きがつながっていなかったことでした。そこで、走力を上げるという具体的な目標を立ててフィジカルトレーニングを行い、スモールゲームなどでもコンタクトの要素を増やしたことで、プレーのパワーもスピードも走行量も大幅に向上したと思います」(田村)
天皇杯を経て、8月初旬から約5週間の鍛錬期に入った。週4日、午前に2時間半のストレングストレーニングを行い、徹底的なフィジカル向上を目指している。今のベンチマークは、10月13日より行われる「全国社会人サッカー選手権大会(全社)」。負けたら終わりのノックアウト方式で、決勝まで勝ち進めば5日間で5連戦を戦うこの大会(昨年は準々決勝で敗れ、全国ベスト8に終わっている)。上位4チームが「地域チャンピオンズリーグ」に進出でき、ここでベスト4以上の成績を収めれば、JFL(日本フットボールリーグ)への飛び級昇格が見える。田村監督は語る。
田村 雄三 監督
田村 雄三 監督
「今は毎日3時間の練習時間の中で、フィジカルトレーニングが2時間半。ボールを使う時間は30分程度しかありません。正直、みんなもっとボールに触りたいと思っているでしょう。でもその反面、天皇杯の勝利で、今までの取り組みが間違っていなかったこともわかっているはず。サッカーの練習そのものに費やす時間が少なくても技術は落ちないし、むしろJ1とも対等に戦えました。足りなかったフィジカルを徹底的に向上させることで、軸がぶれなくなってキックのミスが減るなど、技術面でも大きなメリットがあるんです」
フィジカルトレーニング中心ながらも、トレーニングマッチはコンスタントに行っている。もちろん全社のハードスケジュールを見越したことだが、疲れがたまっているため結果は芳しくない。8月12日には、天皇杯福島県予選の決勝で3対0で勝ったJ3の福島ユナイテッドに0対6で敗れた。
「後半の残り30分で身体が動かなくなり、そこから一気に6点取られてしまった。でも、そんな状況でも動ければ、全社のキツい時でも必ず戦える。常に全社のきつい状況を意識することが大事だと思います」(菊池)
「春にも鍛錬期がありましたが、あの時に頑張ったからコンサドーレに勝てた。今後しっかりと疲れを取れれば、あの試合のように延長になっても走り続けられるはず。今は筋肥大をテーマに強い負荷をかけていますが、これを徐々にパワーやスピードに変えていくように調整すれば、きっと上手くいきます」(植田)
身体を追い込んだ状態では、一度勝った福島ユナイテッドにも6点を取られて負ける。J1のチームに勝ったとはいえ、実力を過信してはいけない。この試合は、田村監督にとっても、大きな気づきを得るきっかけになった。
「トレーニングでの疲労を考慮し、今まで通りのサッカーはできないだろうと考え、ボールを大事にしてつなぎ、深さと幅を取ってボールをポゼッションしろと指示を出しました。ところが、選手がそれを素直にやりすぎて、ゴールに向かわなくなってしまった。どんどん敵陣に入っていかないと、それはいわきFCのサッカーじゃない。動きが少ないから見ていてつまらないし、何より、そんなチームは相手にとってまったく怖くない。
そもそも、Jリーグの試合に迫力がないのはそれなんですよ。ダラダラとポゼッションしてポンとボールを出したら、そこに1億円のストライカーがいて1点取っちゃう。それだけで向かって行かないから、面白くない。これは違うな、と再確認しました。だから、どんな状況でも自分達の前へ前へ向かうサッカーの理想を貫こう、と思い直しました」
8月から始まった鍛錬期では、栄養摂取に関しても新たな取り組みを開始した。選手はこれまでのDNSパワーカフェでの食事とサプリメント摂取に加え、週に一度、全員で肉をたくさん食べ、たんぱく質摂取量の増加を目指している。特に、食事に対する意識が変わったのが菊池だ。
「身体を大きくするにはやはり、食べなくちゃいけない。今は食トレの他に、朝昼晩と卵を2個ずつ食べています。そのおかげかはわかりませんが、一気に体重が3㎏増えて80㎏になりました。もちろん、ただ体重が増えたのではなく、骨格筋量が上がっています。実は卵はそれほど好きではないのでキツいのですが、身体が明らかに変わってきた。だから、例え食欲がなくても必ず食べようと心がけています」
またこの8月には、アメリカンフットボールXリーグ・IBMビッグブルーの栗原嵩選手や法政大学オレンジ、東京大学ウォリアーズの選手たちがいわきFCを訪問。特に栗原選手と一緒にウエイトトレーニングを行ったことは、選手たちにとって大きな刺激になったようだ。
「『明らかにやったヤツが、明らかに変わる』という言葉が、とても印象的でした。今、チームの中で流行り言葉になっています。栗原選手は今すぐに戦えそうな身体をしていて、トレーニングを見たら、アップの重さが自分のMAXでした(笑)。自分はチームの中でフィジカルが弱い方なので、明らかに変われるようにもっともっと頑張ります」(山崎)
「栗原さんが、見たこともない重さでトレーニングをしていて、自分はまだぜんぜんダメだと思いました。違う競技の選手のすごさを知ることができて、すごくいい経験になりました。もっとやらなきゃダメですね」(菊池)
「もちろん身体もすごいのですが、栗原選手は人間性が素晴らしいと思いました。僕らみたいな素人を相手にしても、気さくに何でも教えてくれる。あの姿勢は学ばなくてはいけないと思いました。サッカー選手って、ああいう機会があると気取りがちなんですよ。でも栗原さんはすごく好感が持てるし、応援したくなる。ぜひ、また一緒にトレーニングしたいと思いました」(植田)
日本のサッカーチームの中で、最も熱心にフィジカルトレーニングに取り組んでいるのは間違いなくいわきFCだ。しかし、アメリカンフットボールなど他競技のアスリートと比較すると、所詮はまだまだ「井の中の蛙」だ。世界を見渡せば、自分たちより大きくてパワーがあり、しかも速いアスリートは、当たり前のようにたくさんいる。
特に植田は、フィジカルトレーニングの重要性を理解している選手だ。それは、いわきFC入団前、ヨーロッパで約2年プレーした経験による。
「マッチアップした時、目の前の相手が大きかったら嫌なものです。逆に、ショボかったら怖くない。やっぱりフィジカルトレーニングは大事です。僕はいわきFCに入る前、1年半ぐらいヨーロッパでプレーしていたからわかるのですが、向こうにはアメフト選手みたいな体型でめちゃくちゃ技術が高い選手が普通にいます。彼らは特に、ボールをキープする時のボディコンタクトがすごく上手い。でも日本人はそれを避ける傾向があるから、当たられるとすぐに崩れる。それは日本のサッカー選手の、明らかによくない特徴です。
ヨーロッパから帰り、いわきFCに入団したのは、自分に足りないフィジカルを、もっと強くしたいと思ったから。今のサイズは169㎝68㎏で、入団当初から4㎏ぐらい増えました。今はコンタクトプレーが怖くありませんし、当たられても痛くないし、崩れない。自分の中でも、強くなった実感があります」
ウエイトトレーニングをすると身体が重くなる。ほんの数年前まで、日本の多くのサッカー選手はそんな迷信にとらわれていた。しかし今、いわきFCに、そう思っている選手は一人もいない。そして今、何のためにフィジカルを強化しているのかを、きちんと理解している。田村監督は語る。
「選手は皆『自分たちが日本のサッカーのフィジカルスタンダードを変える』と本気で思っています。この状況をもたらした大きな理由が、天皇杯での躍進だと思います。勝つことで得られる自信は、やはり大きい。そして、天皇杯と同じコンディションとメンタルで全社を戦えたら、きっと勝てるでしょう。
でも、いわきFCはただ勝てばいいクラブではない。勝つことで得られるものの大きさを理解しているからこそ、そこに至るプロセスを大事にせねばなりません。それは、選手もスタッフも理解しているつもりです。JFLだろうがJ1だろうが、そこで勝つためにやっているわけじゃない。そんな小さなことを考えるのではなく『自分達のフィジカルを見せつけてやる!』という気持ちで挑んでほしいと思います」
10月の全社、そして地域チャンピオンズリーグに向けた鍛錬期はまだ続く。おそらくどの試合でも、相手チームはいわきFCを研究し、良さを潰す策略を練ってくるだろう。それでも、チームの方針はブレない。鍛え上げたフィジカルを武器に真っ向勝負し、熱い戦いを見せる。それだけだ。
※2017年8月時点(取材時)の情報です