競技パフォーマンスUP
※この記事は2017年12月に作成したものです。
「日本のフィジカルスタンダードを変える~魂の息吹くフットボール」というビジョンのもと、意欲的にストレングストレーニングに取り組むいわきFC。だが、彼らの取り組みはそこにとどまらない。メディカルそしてニュートリションにおいても、血液検査や遺伝子検査を取り入れ、パーソナライズされたサプリメントプログラムを組むなど、多彩なサポートが行われている。ここでは、いわきFCのメディカル&ニュートリション戦略について、チームドクターの齋田良知医師、DNS栄養サポートチームに話をうかがう。
「正直に言いますが、身体はイタリアの選手たちの方がずっと強いです。彼らは成長期を終える10代半ば過ぎから、しっかりと体系立ったフィジカルトレーニングを積んでいます。日本人と比べると、身長差はそれほどではないものの、身体の強さがまったく違います」
齋田良知医師
語るのは、いわきFCのチームドクターであり、順天堂大医学部助教の齋田良知医師。齋田ドクターは地元いわき出身で、福島県立磐城高校時代は高校サッカーで活躍。2001年から2015年までジェフユナイテッド市原・千葉のチームドクターを務め、2015年にはAFC(アジアサッカー連盟)のメディカルカンファレンスが選出する「Young Medical Officer Award」を受賞。そして2016年にかけて、イタリア・セリエAの名門、ACミランに帯同した経験を持つ。
「正直、日本のサッカー選手のフィジカル強化は遅れています。イタリア人が本格的にフィジカルトレーニングを始める 10 代半ばごろ、日本の選手はみんな高校生。日本の多くの高校には満足なトレーニング設備がありませんし、そもそも小学校→中学→高校と小刻みに学校に入りサッカー部に入部するので、そのたびに監督やコーチ、部活動の環境や指導方針が変わる。それもまた、フィジカル向上の妨げとなります。その点イタリアでは、クラブが子どものころから一貫して育成を手がけるため、成長時期に応じて最適なトレーニングプログラムが提供されます。
そして日本とイタリアは、育成に関するプロ意識がまったく違う。そもそも向こうには、お金をもらって育成組織に入る選手がたくさんいます。日本ではトップチームで試合に出ないとプロとは認められませんが、イタリアの場合、育成段階でも優秀な選手はプロ契約を結び、給料をもらってサッカーをします。そのため、自分はサッカーで稼ぐんだ、という意志が確固たるものになり、ケガを防ごう、ケガをしたらきちんと治そう、という意識も高くなる。日本の中高の部活にありがちな『やらされる』文化とは、まったく異なりますね」
齋田良知医師
「日本のメディカルスタンダードを変える」
いわきFCのチームドクター就任とともに、掲げたビジョンである。Jリーグのチームですら実現できていない、選手と監督・コーチ陣、フィジカルトレーナー、アスレティックトレーナーと医療スタッフの理想的な連携が、このチームにはある。
「これまで、メディカルの役割はケガをした選手を治すこと。いわば”修理工場”でした。でもこれからは、ケガをしない選手を生み出す”生産工場”として、彼らの能力を最大限に引き出すサポートを行う存在となるべき。そのためにも、メディカルとフィジカルの境目を取り払い、一体化する。そしてメディカルも、チームの戦術に応じて柔軟に変化する必要があります」
多くのチームでは、ケガをした選手はメディカルに受け渡され、治療とリハビリを経て練習に復帰、またケガをしたらメディカルに戻る、というサイクルが一般的だ。だが、いわきFCのメディカルはそこから一歩進み、まだケガをしていない『この選手はこの箇所を負傷するリスクがある』『プレーはできているけれど何かしらの弱点があり、それがパフォーマンスの妨げになっている』という段階から介入していく。そして負傷した場合も、負傷箇所を治すだけでなく、その選手がどうしてケガをしたのかを綿密に調査。原因となった箇所を強化し、負傷前よりも強くして戻す。つまり、メディカルとフィジカルが一体となり、ともに選手の身体を作っていくのだ。
「すべてはチームの効率的運営のためです。監督やコーチは壊すだけ、メディカルは治すだけ、というシステムから、いい選手は決して生まれません。そのシステムのもとでは身体が強い選手ばかりが残り、才能があってもケガを抱えた選手は優れたパフォーマンスを発揮できずに終わってしまう。日本のサッカーそしてあらゆるスポーツでよくある、いい選手が潰れてしまう悪循環を断ち切ること。それが、私たちの大きな目標です」
当時、いわきFCのメディカルスタッフは、齋田ドクターと理学療法士、そして鍼灸師2人の計4名体制。理学療法士が週4~5日リハビリを行い、鍼灸師2人がいわきFCパーク内のドームアスリートハウスに常駐。選手のケアを行っていた。そしてメディカルサポートチームが手がけているのは、主に以下の取り組みである。
毎週のオフ開けに①長座体前屈②尿比重③④バーティカルジャンプ(上肢の動作の有り無しの垂直跳びで合計二つ)⑤眼調節力の5項目を測定する。
「①長座体前屈では、ハムストリングと腰椎の疲労度合いをチェックします。前屈の数値が落ちている場合、自分では気づかないうちにハムストリングスや腰まわりが疲労で硬くなっています。それを補おうとして動作が少し変わることで、別の箇所を負傷しやすくなります。そして②尿比重では脱水状況。③④バーティカルジャンプでは協調運動を評価します。自分の体を自分で持ち上げて飛ぶことは、複数の関節を使って行う協調運動。そのため、全身の疲労具合を測る重要な指標になります。また⑤眼調節力は、神経疲労を測ることができます。例えば朝起きた時に疲れが残っていて、目の焦点が合わなくなることってありませんか? そういった筋肉とは別の神経の消耗を、目の調節力を測ることによって調べます。
ここで出た測定値をそれまでの平均値と比較し、4項目が悪化しているとイエローカード、5項目の悪化でレッドカードとなります。これは実際にカードを選手に提示するわけではなく、監督に状況を伝え、数値の一覧を共有。疲労度合いなどが現場の所感と一致した場合、トレーニング負荷をコントロールします。
この5つの数値を目安としているのは、何度測っても数値の誤差が少なく、コンディションを客観視でき、選手が自分自身で測ることができるというメリットがあるからです。ケガをする前に自分では気づかない疲労をなるべく除去する取り組みで、選手はこれらのデータをスマートフォンなどで見て、コンディションの変動をチェックできます」
負傷についてのデータを取り、月次でレポートを作成している。今年のデータをまとめると、いわきFCの選手は一般的なサッカー選手に多い肉離れが少ないという。
「フィジカルトレーニングをこれだけやっていると肉離れが増えると思われがちですが、トレーニングを継続的にしっかりと行ったことで、むしろ減少していると思われます。
逆に多かったのが関節系のケガ。これはもともと持病のあった選手も含んでいるのですが、もしかすると、ストレングトレーニングを多く行ったことで筋肉量と体重が増え、一時的にバランスの感覚の発達がついていかず、負傷に至った可能性があります。そこで鈴木拓哉パフォーマンスコーチに、来年はこれまでのメニューに加えて、関節への負荷が少ない、自重をコントロールする動きのトレーニングを定期的に取り入れるようにお願いしています」
より効率的にフィジカルトレーニングを行うため、選手全員の遺伝子(ACTN3)をチェック。①XX②RR③RXの3タイプに分類し、タイプ別にトレーニングの強度をコントロールする試みを行なっている。
俊敏性があり、90分間走り続けられる長距離ランナータイプ。
トレーニング強度:50~70%(低)
筋肉がつきやすく、スピードとパワーを武器とするスプリンタータイプ。
トレーニング強度:80~95%(高)
XXとRRの中間型。努力次第でどちらにも行けるポリバレントタイプ。
トレーニング強度:75~90%(中間)
「例えば陸上競技などの個人競技は、それぞれ異なるトレーニングメニューを設定します。でもサッカーはチームスポーツなので、チーム単位でトレーニングを行うとなると、最も多くの選手が反応するメニューを選択することになる。でもその場合、レベルの高い選手には負荷が足らず、そうでもない選手にとっては負荷が大きすぎる可能性がある。つまり、効率よくフィジカルが向上しない可能性がある。でも事前に選手のタイプがわかっていれば、もっと効率的に筋肉を付けていけるのではないか。そう考えて遺伝子検査を行いました。
理想は、選手それぞれが自分のメニューを自分で行うこと。来年は3年目の選手もいる傍ら、高卒選手も入ってきます。おそらくフィジカルレベルにばらつきが出るはずなので、より個別性を重視したメニューに進化していくと思います」
選手たちの血液をチェック。重要5項目(①ヘモグロビン②総たんぱく③貯蔵鉄④EPA/AA-脂肪酸比率⑤ビタミンD)について目標値(①が15以上、②が7.5以上、③が125以上、④が0.5以上、⑤が30以上)を設定。2カ月に一度(ただしビタミンDは年1度だけ)採血を行い、変動をフォロー。摂取した食事やサプリメントが実際に身体作りに役立っているかをチェックし、必要であれば栄養指導やサプリメントの調節を行う。
「特に重視しているのが①ヘモグロビン②総たんぱく③貯蔵鉄です。この3つは何を食べたのかによって変化しやすく、疲労回復や負傷からのリカバリーに欠かせないものです。ヘモグロビンが低いと貧血に陥りやすく、当然ながら走れません。総たんぱくは血液そして筋肉になるたんぱく質の量のこと。いくらストレングストレーニングをしても、たんぱく質をちゃんと摂っていないと筋肉がつきませんし、トレーニングのエネルギーとしてたんぱく質が使われ過ぎると、貧血で走れなくなります。そして、アスリートに不足しがちな鉄分は、血液を作る材料。不足すれば貧血になりますし、たんぱく質が血を作ることに使われるため、疲労回復も遅れます。
そして④EPA/AA-脂肪酸比率が高いと、体内の炎症が抑えられて疲労回復が早まります。しかし低いと、筋肉や脳へ酸素が行き渡りにくくなります。そして⑤ビタミンDは少ないとカルシウム不足に陥りやすく、疲労骨折のリスクが高まり筋力も弱まります。30以下は疲労骨折が起こりやすいと言われており、そこに合わせました。
①~④についてはラグビー日本代表のデータを参考にターゲットを作り、⑤のビタミンDは私が設定しています。そしてこれらの結果を、選手はコンピューターで確認することができます」
栄養摂取については立ち上げ1年目から、DNS栄養サポートチームがメディカルサポートチームと連携して全体を管理する。当時、栄養サポートチームを管轄していた株式会社ドームサプリメント事業部長(現:株式会社DNS COO)・朝原宏樹は語る。
「いわきFCの選手たちは、彼らが午後から夕方にかけて勤務するドームいわきベース(DIB)内のDNSパワーカフェで、朝昼晩の3食を摂ることになっています。彼らのメニューは一般の従業員と基本的に同じですが、選手にはより多くのたんぱく質を摂ってもらうため、小鉢(たんぱく質を含む)一つに加えて牛乳をプラス。選手によっては卵、納豆を追加しています。
これによって、たんぱく質の摂取目安は1食あたり 40g以上(ご飯に含まれるたんぱく質を除く)。牛乳、卵、納豆は含まず、主菜と副菜から1日合計 120g以上のたんぱく質を摂れるように組み立てて、その他の足りない分をサプリメントで補います。そして食材については、例えば鶏肉は皮を剥ぐなど、なるべくよけいな脂質を摂らせないよう管理しています」
そしてサプリメントについては血液検査の結果に基づき、一人一人の特徴に応じたプログラムを作成。全員が必ず摂る基本セットとしてホエイSP、SLOW、R4、Jel-X、BCAA、Vitamin、ZMA、Joint、EPA。そしてオプションとして4ウェイメガバーン、グルタミン、Bar-X、クレアチン、PRO-X、ホエイ 100、イオンチャージ、貧血傾向の選 手にはソイフィットプロテインバー(2017年時)。これらを、各選手がコンディションに応じて選ぶ。
今年よりメディカルサポートチームとの連携が開始され、特に血液検査の結果から、さまざまなデータを得ることができた。齋田ドクターは語る。
「まずは全体的に総たんぱく量がやや低く、選手によって貯蔵鉄とフェリチンの量が不足していることが判明しました。そこで栄養サポートチームと相談。食事内容やサプリメントの摂取プログラムについて、いくつかの改善を行いました。
通常の食事については、来年よりいくつかの修正を加えていく予定だ。当時、サプリメント事業部(現:株式会社DNS マーケティング部)の田中初紀は語る。
「現在のたんぱく質摂取量は朝昼夜でそれぞれ 40g以上の設定なのですが、朝食後すぐにトレーニングとなるため、トレーニングまでの時間を考慮し、朝は軽く、練習後の昼夜はその分しっかりと摂れるように、例えば朝を軽めにしてたんぱく質 20g程度に設定し、昼と夜はそれぞれ 50gずつといった具合に、合計の摂取量は動かさずに配分を変えていくことを検討しています。また通常の食事に加え、例えばフルーツやナッツなどを小腹が空いた時につまめるようにすることも考えています。
改善点がある一方で、懸念もあります。それは、あまりにも環境が完成されすぎて、選手たちが自ら考えて食事をしなくなること。それではダメで、どんなものを食べるべきかを、自らの知識に基づいて選ぶことができる選手に成長してほしいです」
天皇杯でJ1所属チームを破るなど、鮮烈な印象を残した2017年のいわきFC。その活動をメディカルという側面から振り返り、齋田ドクターは語る。
「現場との連携については、スタッフ全体が一つになっており、非常にやりやすかったです。なぜかというと『90分間、アグレッシブに走り続ける』という、目指すサッカーがはっきりとあるから。その形が明確なので、こちらはそのための身体作りを行えばいい。そして『ケガをしたら治す』ではなく『この戦術を遂行して負傷しない身体を作るには何をすればいいか』を考え、プログラムを作っていく。目指すサッカーを体現するためにすべきことを、チームに関わる全員がピッチとオフザピッチそれぞれで共有し合い、同じ方向を向いて歩いていく。今のいわきFCはそれができています」
日本のスポーツチームでは、フィジカルトレーナーが厳しいトレーニングをすると『こんな練習をしたらケガをしてしまうから、やめてくれ』と、監督やコーチ、メディカルが止めに入るケースが多々ある。そのため、本来は必要なハードなフィジカルトレーニングがなかなかできない。これはチームとフィジカル、メディカルが連携できていないことが大きな理由。要はそれぞれが、選手が負傷した時の責任を負わされたくないのである。
「多くのチームにおいて、監督やコーチは成績が悪けれければすぐ解任されます。そして今の日本社会にはいろいろな既得権益がうごめいていて、何か新しいことするには、都度おうかがいを立てる必要がある。そのせいで今までは『こうした方がいいのはわかっているけれど、できない。万事がそのようならば、何もしない方がいいや』となりがちでした。
でも、いわきFCは違う。長期的なビジョンのもとで強化を行っているため、方針が急に変更になる心配はありません。チームには明確なフィロソフィーがあり、チームはそれに合った監督を選んでいる。そして監督への評価は、チームが目指すサッカーをできているかどうかで決まる。そんな体制ができているから、みんながいいと思ったら、ためらうことなく『じゃあやろう』となる。
大事なのは、コンセプトとフィロソフィーをしっかりと確立することだと思います。チームはただ勝てばいいわけでも、Jリーグ入りすればいいわけでもない。目指すのは『いわき市を東北一の都市にする』というビジョンのもと、いわきの地域社会に根づき、発展に貢献すること。それが明確なので、選手もスタッフも、そしてメディカルも、迷うことなく安心して進んでいけるのです」
「いわき市を東北一の都市にする」
「日本のフィジカルスタンダードを変える~魂の息吹くフットボール」
「人材育成と教育を中心に据える」
明確なビジョンに基づいた、フィジカル、ニュートリション、メディカルの有機的連携。それは現状、日本のどんなスポーツチームも構築できていない理想のサイクルだ。彼らが築きつつある「いわきFCメソッド」は今後、さらなる進化を遂げるだろう。そしてDesire To Evolutionは2018年も引き続き、いわきFCのフィジカルアップの軌跡をレポートしていく。
※この記事は2017年12月に作成したものです。
「日本のフィジカルスタンダードを変える~魂の息吹くフットボール」というビジョンのもと、意欲的にストレングストレーニングに取り組むいわきFC。だが、彼らの取り組みはそこにとどまらない。メディカルそしてニュートリションにおいても、血液検査や遺伝子検査を取り入れ、パーソナライズされたサプリメントプログラムを組むなど、多彩なサポートが行われている。ここでは、いわきFCのメディカル&ニュートリション戦略について、チームドクターの齋田良知医師、DNS栄養サポートチームに話をうかがう。
「正直に言いますが、身体はイタリアの選手たちの方がずっと強いです。彼らは成長期を終える10代半ば過ぎから、しっかりと体系立ったフィジカルトレーニングを積んでいます。日本人と比べると、身長差はそれほどではないものの、身体の強さがまったく違います」
齋田良知医師
語るのは、いわきFCのチームドクターであり、順天堂大医学部助教の齋田良知医師。齋田ドクターは地元いわき出身で、福島県立磐城高校時代は高校サッカーで活躍。2001年から2015年までジェフユナイテッド市原・千葉のチームドクターを務め、2015年にはAFC(アジアサッカー連盟)のメディカルカンファレンスが選出する「Young Medical Officer Award」を受賞。そして2016年にかけて、イタリア・セリエAの名門、ACミランに帯同した経験を持つ。
「正直、日本のサッカー選手のフィジカル強化は遅れています。イタリア人が本格的にフィジカルトレーニングを始める 10 代半ばごろ、日本の選手はみんな高校生。日本の多くの高校には満足なトレーニング設備がありませんし、そもそも小学校→中学→高校と小刻みに学校に入りサッカー部に入部するので、そのたびに監督やコーチ、部活動の環境や指導方針が変わる。それもまた、フィジカル向上の妨げとなります。その点イタリアでは、クラブが子どものころから一貫して育成を手がけるため、成長時期に応じて最適なトレーニングプログラムが提供されます。
そして日本とイタリアは、育成に関するプロ意識がまったく違う。そもそも向こうには、お金をもらって育成組織に入る選手がたくさんいます。日本ではトップチームで試合に出ないとプロとは認められませんが、イタリアの場合、育成段階でも優秀な選手はプロ契約を結び、給料をもらってサッカーをします。そのため、自分はサッカーで稼ぐんだ、という意志が確固たるものになり、ケガを防ごう、ケガをしたらきちんと治そう、という意識も高くなる。日本の中高の部活にありがちな『やらされる』文化とは、まったく異なりますね」
齋田良知医師
「日本のメディカルスタンダードを変える」
いわきFCのチームドクター就任とともに、掲げたビジョンである。Jリーグのチームですら実現できていない、選手と監督・コーチ陣、フィジカルトレーナー、アスレティックトレーナーと医療スタッフの理想的な連携が、このチームにはある。
「これまで、メディカルの役割はケガをした選手を治すこと。いわば”修理工場”でした。でもこれからは、ケガをしない選手を生み出す”生産工場”として、彼らの能力を最大限に引き出すサポートを行う存在となるべき。そのためにも、メディカルとフィジカルの境目を取り払い、一体化する。そしてメディカルも、チームの戦術に応じて柔軟に変化する必要があります」
多くのチームでは、ケガをした選手はメディカルに受け渡され、治療とリハビリを経て練習に復帰、またケガをしたらメディカルに戻る、というサイクルが一般的だ。だが、いわきFCのメディカルはそこから一歩進み、まだケガをしていない『この選手はこの箇所を負傷するリスクがある』『プレーはできているけれど何かしらの弱点があり、それがパフォーマンスの妨げになっている』という段階から介入していく。そして負傷した場合も、負傷箇所を治すだけでなく、その選手がどうしてケガをしたのかを綿密に調査。原因となった箇所を強化し、負傷前よりも強くして戻す。つまり、メディカルとフィジカルが一体となり、ともに選手の身体を作っていくのだ。
「すべてはチームの効率的運営のためです。監督やコーチは壊すだけ、メディカルは治すだけ、というシステムから、いい選手は決して生まれません。そのシステムのもとでは身体が強い選手ばかりが残り、才能があってもケガを抱えた選手は優れたパフォーマンスを発揮できずに終わってしまう。日本のサッカーそしてあらゆるスポーツでよくある、いい選手が潰れてしまう悪循環を断ち切ること。それが、私たちの大きな目標です」
当時、いわきFCのメディカルスタッフは、齋田ドクターと理学療法士、そして鍼灸師2人の計4名体制。理学療法士が週4~5日リハビリを行い、鍼灸師2人がいわきFCパーク内のドームアスリートハウスに常駐。選手のケアを行っていた。そしてメディカルサポートチームが手がけているのは、主に以下の取り組みである。
毎週のオフ開けに①長座体前屈②尿比重③④バーティカルジャンプ(上肢の動作の有り無しの垂直跳びで合計二つ)⑤眼調節力の5項目を測定する。
「①長座体前屈では、ハムストリングと腰椎の疲労度合いをチェックします。前屈の数値が落ちている場合、自分では気づかないうちにハムストリングスや腰まわりが疲労で硬くなっています。それを補おうとして動作が少し変わることで、別の箇所を負傷しやすくなります。そして②尿比重では脱水状況。③④バーティカルジャンプでは協調運動を評価します。自分の体を自分で持ち上げて飛ぶことは、複数の関節を使って行う協調運動。そのため、全身の疲労具合を測る重要な指標になります。また⑤眼調節力は、神経疲労を測ることができます。例えば朝起きた時に疲れが残っていて、目の焦点が合わなくなることってありませんか? そういった筋肉とは別の神経の消耗を、目の調節力を測ることによって調べます。
ここで出た測定値をそれまでの平均値と比較し、4項目が悪化しているとイエローカード、5項目の悪化でレッドカードとなります。これは実際にカードを選手に提示するわけではなく、監督に状況を伝え、数値の一覧を共有。疲労度合いなどが現場の所感と一致した場合、トレーニング負荷をコントロールします。
この5つの数値を目安としているのは、何度測っても数値の誤差が少なく、コンディションを客観視でき、選手が自分自身で測ることができるというメリットがあるからです。ケガをする前に自分では気づかない疲労をなるべく除去する取り組みで、選手はこれらのデータをスマートフォンなどで見て、コンディションの変動をチェックできます」
負傷についてのデータを取り、月次でレポートを作成している。今年のデータをまとめると、いわきFCの選手は一般的なサッカー選手に多い肉離れが少ないという。
「フィジカルトレーニングをこれだけやっていると肉離れが増えると思われがちですが、トレーニングを継続的にしっかりと行ったことで、むしろ減少していると思われます。
逆に多かったのが関節系のケガ。これはもともと持病のあった選手も含んでいるのですが、もしかすると、ストレングトレーニングを多く行ったことで筋肉量と体重が増え、一時的にバランスの感覚の発達がついていかず、負傷に至った可能性があります。そこで鈴木拓哉パフォーマンスコーチに、来年はこれまでのメニューに加えて、関節への負荷が少ない、自重をコントロールする動きのトレーニングを定期的に取り入れるようにお願いしています」
より効率的にフィジカルトレーニングを行うため、選手全員の遺伝子(ACTN3)をチェック。①XX②RR③RXの3タイプに分類し、タイプ別にトレーニングの強度をコントロールする試みを行なっている。
俊敏性があり、90分間走り続けられる長距離ランナータイプ。
トレーニング強度:50~70%(低)
筋肉がつきやすく、スピードとパワーを武器とするスプリンタータイプ。
トレーニング強度:80~95%(高)
XXとRRの中間型。努力次第でどちらにも行けるポリバレントタイプ。
トレーニング強度:75~90%(中間)
「例えば陸上競技などの個人競技は、それぞれ異なるトレーニングメニューを設定します。でもサッカーはチームスポーツなので、チーム単位でトレーニングを行うとなると、最も多くの選手が反応するメニューを選択することになる。でもその場合、レベルの高い選手には負荷が足らず、そうでもない選手にとっては負荷が大きすぎる可能性がある。つまり、効率よくフィジカルが向上しない可能性がある。でも事前に選手のタイプがわかっていれば、もっと効率的に筋肉を付けていけるのではないか。そう考えて遺伝子検査を行いました。
理想は、選手それぞれが自分のメニューを自分で行うこと。来年は3年目の選手もいる傍ら、高卒選手も入ってきます。おそらくフィジカルレベルにばらつきが出るはずなので、より個別性を重視したメニューに進化していくと思います」
選手たちの血液をチェック。重要5項目(①ヘモグロビン②総たんぱく③貯蔵鉄④EPA/AA-脂肪酸比率⑤ビタミンD)について目標値(①が15以上、②が7.5以上、③が125以上、④が0.5以上、⑤が30以上)を設定。2カ月に一度(ただしビタミンDは年1度だけ)採血を行い、変動をフォロー。摂取した食事やサプリメントが実際に身体作りに役立っているかをチェックし、必要であれば栄養指導やサプリメントの調節を行う。
「特に重視しているのが①ヘモグロビン②総たんぱく③貯蔵鉄です。この3つは何を食べたのかによって変化しやすく、疲労回復や負傷からのリカバリーに欠かせないものです。ヘモグロビンが低いと貧血に陥りやすく、当然ながら走れません。総たんぱくは血液そして筋肉になるたんぱく質の量のこと。いくらストレングストレーニングをしても、たんぱく質をちゃんと摂っていないと筋肉がつきませんし、トレーニングのエネルギーとしてたんぱく質が使われ過ぎると、貧血で走れなくなります。そして、アスリートに不足しがちな鉄分は、血液を作る材料。不足すれば貧血になりますし、たんぱく質が血を作ることに使われるため、疲労回復も遅れます。
そして④EPA/AA-脂肪酸比率が高いと、体内の炎症が抑えられて疲労回復が早まります。しかし低いと、筋肉や脳へ酸素が行き渡りにくくなります。そして⑤ビタミンDは少ないとカルシウム不足に陥りやすく、疲労骨折のリスクが高まり筋力も弱まります。30以下は疲労骨折が起こりやすいと言われており、そこに合わせました。
①~④についてはラグビー日本代表のデータを参考にターゲットを作り、⑤のビタミンDは私が設定しています。そしてこれらの結果を、選手はコンピューターで確認することができます」
栄養摂取については立ち上げ1年目から、DNS栄養サポートチームがメディカルサポートチームと連携して全体を管理する。当時、栄養サポートチームを管轄していた株式会社ドームサプリメント事業部長(現:株式会社DNS COO)・朝原宏樹は語る。
「いわきFCの選手たちは、彼らが午後から夕方にかけて勤務するドームいわきベース(DIB)内のDNSパワーカフェで、朝昼晩の3食を摂ることになっています。彼らのメニューは一般の従業員と基本的に同じですが、選手にはより多くのたんぱく質を摂ってもらうため、小鉢(たんぱく質を含む)一つに加えて牛乳をプラス。選手によっては卵、納豆を追加しています。
これによって、たんぱく質の摂取目安は1食あたり 40g以上(ご飯に含まれるたんぱく質を除く)。牛乳、卵、納豆は含まず、主菜と副菜から1日合計 120g以上のたんぱく質を摂れるように組み立てて、その他の足りない分をサプリメントで補います。そして食材については、例えば鶏肉は皮を剥ぐなど、なるべくよけいな脂質を摂らせないよう管理しています」
そしてサプリメントについては血液検査の結果に基づき、一人一人の特徴に応じたプログラムを作成。全員が必ず摂る基本セットとしてホエイSP、SLOW、R4、Jel-X、BCAA、Vitamin、ZMA、Joint、EPA。そしてオプションとして4ウェイメガバーン、グルタミン、Bar-X、クレアチン、PRO-X、ホエイ 100、イオンチャージ、貧血傾向の選 手にはソイフィットプロテインバー(2017年時)。これらを、各選手がコンディションに応じて選ぶ。
今年よりメディカルサポートチームとの連携が開始され、特に血液検査の結果から、さまざまなデータを得ることができた。齋田ドクターは語る。
「まずは全体的に総たんぱく量がやや低く、選手によって貯蔵鉄とフェリチンの量が不足していることが判明しました。そこで栄養サポートチームと相談。食事内容やサプリメントの摂取プログラムについて、いくつかの改善を行いました。
通常の食事については、来年よりいくつかの修正を加えていく予定だ。当時、サプリメント事業部(現:株式会社DNS マーケティング部)の田中初紀は語る。
「現在のたんぱく質摂取量は朝昼夜でそれぞれ 40g以上の設定なのですが、朝食後すぐにトレーニングとなるため、トレーニングまでの時間を考慮し、朝は軽く、練習後の昼夜はその分しっかりと摂れるように、例えば朝を軽めにしてたんぱく質 20g程度に設定し、昼と夜はそれぞれ 50gずつといった具合に、合計の摂取量は動かさずに配分を変えていくことを検討しています。また通常の食事に加え、例えばフルーツやナッツなどを小腹が空いた時につまめるようにすることも考えています。
改善点がある一方で、懸念もあります。それは、あまりにも環境が完成されすぎて、選手たちが自ら考えて食事をしなくなること。それではダメで、どんなものを食べるべきかを、自らの知識に基づいて選ぶことができる選手に成長してほしいです」
天皇杯でJ1所属チームを破るなど、鮮烈な印象を残した2017年のいわきFC。その活動をメディカルという側面から振り返り、齋田ドクターは語る。
「現場との連携については、スタッフ全体が一つになっており、非常にやりやすかったです。なぜかというと『90分間、アグレッシブに走り続ける』という、目指すサッカーがはっきりとあるから。その形が明確なので、こちらはそのための身体作りを行えばいい。そして『ケガをしたら治す』ではなく『この戦術を遂行して負傷しない身体を作るには何をすればいいか』を考え、プログラムを作っていく。目指すサッカーを体現するためにすべきことを、チームに関わる全員がピッチとオフザピッチそれぞれで共有し合い、同じ方向を向いて歩いていく。今のいわきFCはそれができています」
日本のスポーツチームでは、フィジカルトレーナーが厳しいトレーニングをすると『こんな練習をしたらケガをしてしまうから、やめてくれ』と、監督やコーチ、メディカルが止めに入るケースが多々ある。そのため、本来は必要なハードなフィジカルトレーニングがなかなかできない。これはチームとフィジカル、メディカルが連携できていないことが大きな理由。要はそれぞれが、選手が負傷した時の責任を負わされたくないのである。
「多くのチームにおいて、監督やコーチは成績が悪けれければすぐ解任されます。そして今の日本社会にはいろいろな既得権益がうごめいていて、何か新しいことするには、都度おうかがいを立てる必要がある。そのせいで今までは『こうした方がいいのはわかっているけれど、できない。万事がそのようならば、何もしない方がいいや』となりがちでした。
でも、いわきFCは違う。長期的なビジョンのもとで強化を行っているため、方針が急に変更になる心配はありません。チームには明確なフィロソフィーがあり、チームはそれに合った監督を選んでいる。そして監督への評価は、チームが目指すサッカーをできているかどうかで決まる。そんな体制ができているから、みんながいいと思ったら、ためらうことなく『じゃあやろう』となる。
大事なのは、コンセプトとフィロソフィーをしっかりと確立することだと思います。チームはただ勝てばいいわけでも、Jリーグ入りすればいいわけでもない。目指すのは『いわき市を東北一の都市にする』というビジョンのもと、いわきの地域社会に根づき、発展に貢献すること。それが明確なので、選手もスタッフも、そしてメディカルも、迷うことなく安心して進んでいけるのです」
「いわき市を東北一の都市にする」
「日本のフィジカルスタンダードを変える~魂の息吹くフットボール」
「人材育成と教育を中心に据える」
明確なビジョンに基づいた、フィジカル、ニュートリション、メディカルの有機的連携。それは現状、日本のどんなスポーツチームも構築できていない理想のサイクルだ。彼らが築きつつある「いわきFCメソッド」は今後、さらなる進化を遂げるだろう。そしてDesire To Evolutionは2018年も引き続き、いわきFCのフィジカルアップの軌跡をレポートしていく。