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アンチ・ドーピングプログラムの「ピンキリ」

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アンチ・ドーピングプログラムの「ピンキリ」

アンチ・ドーピングプログラムの「ピンキリ」

今まで何度か発信していますが、問題の多かったJADA(日本アンチ・ドーピング機構)によるサプリメントの認証プログラムの終息に伴い、平成31年3月に『スポーツにおけるサプリメントの製品情報公開の枠組みに関するガイドライン』が発表されました。

 https://www.dnszone.jp/magazine/2019/17112

これにより「サプリメントメーカーが各々の責任のもとでアンチ・ドーピングに取り組むべき」という考え方が、日本にも定着しました。

ただしその反面、アスリートがアンチ・ドーピングプログラムの「ピンキリ」を理解する必要が生じています。このことについて、今回は書きたいと思います。

■「100点満点中60点」のガイドライン。

ガイドラインを作成する委員会には、私も有識者の一人として参加させていただきました。この時に痛感したのは「実質より形を重んじ、体裁を整える」という日本独特のビジネス慣習でした。 

委員会において、私は「グローバルな視野のもと、ガイドラインのハードルはできる限り高くすべき」と何度も訴えました。でも力及ばず、それはかないませんでした。

インフォームドチョイスのような国際的に通用する厳格なアンチ・ドーピング認証を国内で作るのではなく、サプリメントのアンチ・ドーピング対策のノウハウが蓄積されていない我が国の現状に合わせる形で、ガイドラインの作成は進行していきました。その結果、ハードルの低いガイドラインを世に送り出すことに。

正直に申し上げて「100点満点中60点レベル」という印象です。

■さまざまな違いのあるアンチ・ドーピングプログラム。 

ここで、現在日本のサプリメントメーカーが使っているアンチ・ドーピングプログラムを表で比較してみたいと思います。見ての通り、それぞれ大きな違いがあります。

まず、インフォームドチョイス、インフォームドスポーツ、Certified Drug Freeは「認証プログラム」で、認証製品には安心・安全の象徴であるそれぞれのロゴが付与されています。アスリートにとっては一目瞭然。とてもわかりやすいです。

これらのプログラムでは、国際的なGMP(工場における生産過程の管理基準)にのっとって生産施設の審査を行います。さらにインフォームドチョイスとインフォームドスポーツにおいては、アンチ・ドーピングに特化した独自の方法で、施設の生産ラインの審査を行います。

そして製品分析は、世界的なネットワークによって情報を集め、現時点で最も問題となっている禁止物質を対象に行っています。そのため、WADA(国際アンチ・ドーピング機関)による違反公表リストにはとらわれていません(※このことについては、後ほど詳しく説明します)。

また分析頻度に関しても、認証後も毎月の無作為サンプル(第三者が市場から製品を購入し分析)を継続してモニタリングするので、精度が上がり、より安心です。

 一方、日本分析センターの運営する「アンチドーピングのためのスポーツサプリメント製品情報公開サイト」は、そもそも認証プログラムではありません。「生産施設審査と分析結果を公表しているだけ」です。

この中での生産施設審査は、日本ガス機器検査協会によるJIA-GMP(食品施設の検査基準)に基づいて行われています。しかし、JIA-GMPは日本ガス機器検査協会が独自に設けた基準に過ぎず、厚生労働省が支援する健康食品認定制度協議会(健康食品事業者の安全性の確保できているかチェックする第三者機関)によって、正式に認められたものではありません。簡単に言えば、公的な検査基準ではないのです2,3

ちなみに、なぜガス機器を検査している協会が健康食品の生産施設を審査しているのでしょう? 実はこれ、JADA認証の名残です。ただし一応、ガイドラインには準拠していることになっています。というよりも、ガイドラインが当時の現状に合わせた形になっているわけです。何とも日本らしいですね。

また、イルホープ社が運営するドーピング禁止物質分析サービスもありますが、生産施設審査は行っておりませんので注意が必要です。

■現状のガイドラインの問題点。

リスクマネジメントの観点からアンチ・ドーピングを考えると、最も重要なのは、製品中に混在しているかもしれない禁止物質の(1)何を(2)どのレベルで(3)どんな頻度で分析して製品の安心・安全を担保するか、です。

現状のガイドラインでは、製品分析に関して

 ・分析する物質の範囲:WADA違反公表リストの上位50%のうちの60%
 ・頻度:年1回は分析する
 ・検出限界:液体は100ng/ml、固形は100ng/g以上
 ・原材料や工程変更で追加分析をする
 ・第三者認証(ISO17025)取得が望ましい

としています。

私がこの中で最も問題視しているのが、どの禁止物質を分析するか、という基準を「WADA違反公表リストの上位50%のうちの60%」としていることです。

禁止物質の分析を行うには「何が禁止物質に該当するのか」というスタンダードが必要になります。そこでWADAは違反公表リストを作成し、どの禁止物質による違反が最も多かったのかを公表しているわけです。

リストの何が問題かというと、タイムラグです。WADAが禁止物質のデータを集計し、リスト化して発表するまでには、2年もかかってしまいます。つまり WADAが作成した違反公表リストは、2年前のデータに基づいた古いものだ、ということです。

図で示すとわかりやすいと思います。この図の5色の丸印は、WADAの違反公表リストにおける禁止物質の上位5つを示したものです。


この図で言えば、2021年現在の禁止物質リストは2019年の状況を反映したものとなります。そしてガイドラインは「リストの上位50%のうち60%(つまり30%)の混入がないかを分析すればよし」と規定しているので、2021年現在は、この図の黄と青の禁止物質が分析対象になります。

ところが2021年現在、ドーピング検査で陽性となった禁止物質を調べてみると、2年前には少なかった赤やグレーのコンタミ(異物混入)が多く見られています。

つまり、WADAの違反公表リストの上位に記載されている禁止物質は、2年前の古い情報に基づいたものである、ということ。実際に合法ステロイドなどは流行り廃りが激しく、新たなものが頻繁に出てきますWADAの違反公表リストは、そのスピードにキャッチアップできていないのです。

現状に則した形で、より広範囲で禁止物質の分析を行わないことには、現時点のサプリメントの安全性を担保するものにはなりません。そのため、現状のガイドラインにのっとって作られたサプリメントを摂取したアスリートが、ドーピング検査で陽性判定を受ける可能性があるわけです。

これが現行のガイドラインの大きな問題点です。あくまで最新情報に基づいて分析対象の禁止物質を決めるべきだと思います。

またメーカーによっては、あくまでも1製品の特定のロットを1回分析しただけで、あたかも製品すべてが安全、というPRをするところもありますので、気をつけて下さい。またガイドラインが出た当初、国内にはアンチ・ドーピング認証まがいのものや、禁止物質を分析するサービスがいくつかありましたが、ガイドラインの基準を満たせないので廃業したようです。

つまり、日本のアスリートはアンチ・ドーピングプログラムの「ピンキリ」を理解せねばならない、ということです。その上で、本当に納得できる安心・安全なサプリメントを選択していただければと思います。



青柳 清治

青柳 清治 │ Seiji_Aoyagi

栄養学博士、(株)DNS 執行役員 
米国オキシデンタル大学卒業後、㈱協和発酵バイオでアミノ酸研究に従事する中で、イリノイ大学で栄養学の博士号を取得。以降、外資企業で栄養剤ビジネス、商品開発の責任者を歴任した。日本へ帰国後2015年から、ウェアブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店・㈱ドームのサプリメントブランド「DNS」にて責任者を務める。2020年より分社化した㈱DNSでサイエンティフィックオフィサーを務める。

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今まで何度か発信していますが、問題の多かったJADA(日本アンチ・ドーピング機構)によるサプリメントの認証プログラムの終息に伴い、平成31年3月に『スポーツにおけるサプリメントの製品情報公開の枠組みに関するガイドライン』が発表されました。

 https://www.dnszone.jp/magazine/2019/17112

これにより「サプリメントメーカーが各々の責任のもとでアンチ・ドーピングに取り組むべき」という考え方が、日本にも定着しました。

ただしその反面、アスリートがアンチ・ドーピングプログラムの「ピンキリ」を理解する必要が生じています。このことについて、今回は書きたいと思います。

■「100点満点中60点」のガイドライン。

ガイドラインを作成する委員会には、私も有識者の一人として参加させていただきました。この時に痛感したのは「実質より形を重んじ、体裁を整える」という日本独特のビジネス慣習でした。 

委員会において、私は「グローバルな視野のもと、ガイドラインのハードルはできる限り高くすべき」と何度も訴えました。でも力及ばず、それはかないませんでした。

インフォームドチョイスのような国際的に通用する厳格なアンチ・ドーピング認証を国内で作るのではなく、サプリメントのアンチ・ドーピング対策のノウハウが蓄積されていない我が国の現状に合わせる形で、ガイドラインの作成は進行していきました。その結果、ハードルの低いガイドラインを世に送り出すことに。

正直に申し上げて「100点満点中60点レベル」という印象です。

■さまざまな違いのあるアンチ・ドーピングプログラム。 

ここで、現在日本のサプリメントメーカーが使っているアンチ・ドーピングプログラムを表で比較してみたいと思います。見ての通り、それぞれ大きな違いがあります。

まず、インフォームドチョイス、インフォームドスポーツ、Certified Drug Freeは「認証プログラム」で、認証製品には安心・安全の象徴であるそれぞれのロゴが付与されています。アスリートにとっては一目瞭然。とてもわかりやすいです。

これらのプログラムでは、国際的なGMP(工場における生産過程の管理基準)にのっとって生産施設の審査を行います。さらにインフォームドチョイスとインフォームドスポーツにおいては、アンチ・ドーピングに特化した独自の方法で、施設の生産ラインの審査を行います。

そして製品分析は、世界的なネットワークによって情報を集め、現時点で最も問題となっている禁止物質を対象に行っています。そのため、WADA(国際アンチ・ドーピング機関)による違反公表リストにはとらわれていません(※このことについては、後ほど詳しく説明します)。

また分析頻度に関しても、認証後も毎月の無作為サンプル(第三者が市場から製品を購入し分析)を継続してモニタリングするので、精度が上がり、より安心です。

 一方、日本分析センターの運営する「アンチドーピングのためのスポーツサプリメント製品情報公開サイト」は、そもそも認証プログラムではありません。「生産施設審査と分析結果を公表しているだけ」です。

この中での生産施設審査は、日本ガス機器検査協会によるJIA-GMP(食品施設の検査基準)に基づいて行われています。しかし、JIA-GMPは日本ガス機器検査協会が独自に設けた基準に過ぎず、厚生労働省が支援する健康食品認定制度協議会(健康食品事業者の安全性の確保できているかチェックする第三者機関)によって、正式に認められたものではありません。簡単に言えば、公的な検査基準ではないのです2,3

ちなみに、なぜガス機器を検査している協会が健康食品の生産施設を審査しているのでしょう? 実はこれ、JADA認証の名残です。ただし一応、ガイドラインには準拠していることになっています。というよりも、ガイドラインが当時の現状に合わせた形になっているわけです。何とも日本らしいですね。

また、イルホープ社が運営するドーピング禁止物質分析サービスもありますが、生産施設審査は行っておりませんので注意が必要です。

■現状のガイドラインの問題点。

リスクマネジメントの観点からアンチ・ドーピングを考えると、最も重要なのは、製品中に混在しているかもしれない禁止物質の(1)何を(2)どのレベルで(3)どんな頻度で分析して製品の安心・安全を担保するか、です。

現状のガイドラインでは、製品分析に関して

 ・分析する物質の範囲:WADA違反公表リストの上位50%のうちの60%
 ・頻度:年1回は分析する
 ・検出限界:液体は100ng/ml、固形は100ng/g以上
 ・原材料や工程変更で追加分析をする
 ・第三者認証(ISO17025)取得が望ましい

としています。

私がこの中で最も問題視しているのが、どの禁止物質を分析するか、という基準を「WADA違反公表リストの上位50%のうちの60%」としていることです。

禁止物質の分析を行うには「何が禁止物質に該当するのか」というスタンダードが必要になります。そこでWADAは違反公表リストを作成し、どの禁止物質による違反が最も多かったのかを公表しているわけです。

リストの何が問題かというと、タイムラグです。WADAが禁止物質のデータを集計し、リスト化して発表するまでには、2年もかかってしまいます。つまり WADAが作成した違反公表リストは、2年前のデータに基づいた古いものだ、ということです。

図で示すとわかりやすいと思います。この図の5色の丸印は、WADAの違反公表リストにおける禁止物質の上位5つを示したものです。


この図で言えば、2021年現在の禁止物質リストは2019年の状況を反映したものとなります。そしてガイドラインは「リストの上位50%のうち60%(つまり30%)の混入がないかを分析すればよし」と規定しているので、2021年現在は、この図の黄と青の禁止物質が分析対象になります。

ところが2021年現在、ドーピング検査で陽性となった禁止物質を調べてみると、2年前には少なかった赤やグレーのコンタミ(異物混入)が多く見られています。

つまり、WADAの違反公表リストの上位に記載されている禁止物質は、2年前の古い情報に基づいたものである、ということ。実際に合法ステロイドなどは流行り廃りが激しく、新たなものが頻繁に出てきますWADAの違反公表リストは、そのスピードにキャッチアップできていないのです。

現状に則した形で、より広範囲で禁止物質の分析を行わないことには、現時点のサプリメントの安全性を担保するものにはなりません。そのため、現状のガイドラインにのっとって作られたサプリメントを摂取したアスリートが、ドーピング検査で陽性判定を受ける可能性があるわけです。

これが現行のガイドラインの大きな問題点です。あくまで最新情報に基づいて分析対象の禁止物質を決めるべきだと思います。

またメーカーによっては、あくまでも1製品の特定のロットを1回分析しただけで、あたかも製品すべてが安全、というPRをするところもありますので、気をつけて下さい。またガイドラインが出た当初、国内にはアンチ・ドーピング認証まがいのものや、禁止物質を分析するサービスがいくつかありましたが、ガイドラインの基準を満たせないので廃業したようです。

つまり、日本のアスリートはアンチ・ドーピングプログラムの「ピンキリ」を理解せねばならない、ということです。その上で、本当に納得できる安心・安全なサプリメントを選択していただければと思います。



青柳 清治

青柳 清治 │ Seiji_Aoyagi

栄養学博士、(株)DNS 執行役員 
米国オキシデンタル大学卒業後、㈱協和発酵バイオでアミノ酸研究に従事する中で、イリノイ大学で栄養学の博士号を取得。以降、外資企業で栄養剤ビジネス、商品開発の責任者を歴任した。日本へ帰国後2015年から、ウェアブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店・㈱ドームのサプリメントブランド「DNS」にて責任者を務める。2020年より分社化した㈱DNSでサイエンティフィックオフィサーを務める。

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